本稿では、安全保障の定義と変遷を見たあとで、新しい戦争における概念の拡散、そして多元性を軸にした概念再構築の必要性について述べる。

 まず、安全保障とは何か。土山實男は安全保障(security)を「意図的・作為的な脅威の不在」と定義する。トゥキディデスの時代から、相対的利得を確保しておきたいというのは為政者の根源的な悩みであり、安全保障こそはリアリズムが最も関心を寄せる対象であった。ウェストファリア条約以降、主権国家を前提に近代国家体系は発展し、伝統的安全保障概念の基礎が構築された。高坂正堯は伝統的な国際関係を「主権国家同士の軍事的接触およびそれを前提とする外交」と書いたが、ユトレヒト条約で安全保障を維持する政策として勢力均衡が明示化され欧州協調をもたらした。安全保障は戦争の世紀と評された20世紀に本格的に発展し、特に第二次世界大戦の終盤に核兵器が出現したことで新たな局面を迎えた。 二つの大国が相互に壊滅的な破壊力を相手に与えうる状況は概念としての核抑止をうみだし、MAD(相互確証破壊)という極限の状態で均衡を保つこととなった。

 冷戦後、アメリカはソ連と共産主義という脅威を打ち負かし「歴史の終わり」が訪れたかに思われたが、冷戦の終焉はそれまで押さえ込まれていた地域紛争の噴出をもたらした。その代表が湾岸戦争であり、これ以降、抑止の代わりに集団安全保障が概念として台頭した。しかし、更に厄介だったのは、内戦やジェノサイド、国境を越えた民族紛争といった非国家主体を主体ないし相手とする脅威であった。これらをメアリー・カルドーは「新しい戦争」と呼んだ。それまでの伝統的安全保障概念が得意としていた主権国家を対象とする分析は精彩を欠くようになり、脅威を脅かす主体、および脅かされる主体がそれぞれに広がり、安全保障の対象となる範囲も経済、環境、そして人間そのものまで拡大した。

 分析対象の拡大を決定的にしたのは、2001年9月11日の米同時多発テロである。アルカーイダという緩やかなテロリストネットワークの一群が、超大国アメリカの軍事・経済の中枢を直接、大規模に破壊することで、意図や脅威が不明確な主体から、如何に安全を保障するかという課題が顕在化した。特に大量破壊兵器を非国家主体が保有する可能性という脅威は前ブッシュ政権に大きな危機感を与え、先制行動による安全保障の実現を目指した。しかし、それはイラク戦争の泥沼化という現状を見ると、新しい戦争の時代にはそぐわない政策であったことが明らかになりつつある。新しい戦争においては、物理的な脅威だけでなく、それ以上に脅威を与える意図を如何に抑えるかというのが重要な関心事となる。結果として、前ブッシュ政権の単独行動主義に基づく軍事政策は、反米テロリストグループの攻撃の意図を強めるリスクを抱え、何より主権国家の最大の拠り所である自国民の信頼まで欠くこととなった。CSISは2007年にA smarter, more secure Americaというレポートを発表したが、その理論的支柱はナイが提唱するスマートパワーである。9.11以降のハードパワーに過度に依拠した単独行動主義を戒め、アメリカの安全保障にとって重要なのは同盟やパートナーシップによる正統性の確立であり、複数国間による多元主義(multilateral pluralism)が必要と説く。

 この多元主義こそが、安全保障概念の再構築において重要なキーワードと考えられる。それは単に多様な行為主体の価値観を認めるというだけに留まらない。神保謙は「9.11後の安全保障を多元的なものとしてとらえる論考は数多く存在」し、「現代の安全保障の新規性が『非対称性の安全保障』にある」と書いている。(『日本の国際政治学 第1巻』)冷戦後の主たる議論は、多元的に拡大する個別の脅威の認識及び対策についてであり、安全保障概念の「拡散」であったと言えよう。それは安全保障の対象となる価値の拡散に加え、自国内の少数民族からテロリストネットワークという曖昧な一群までも脅威をもたらす主体として対応しなければならなくなったことを意味した。しかし、もう一歩論を進めると、いま安全保障概念に求められている課題は、拡散した諸問題とその解決策の「統合」ではないだろうか。今や国家は、他国からの赤裸々な暴力(たとえば北朝鮮のミサイル発射)だけでなく、非国家主体からの不意打ち(たとえばテロリズム)、更には外的環境の変化(たとえば地球温暖化)、これら全てに対して、同時に対処する必要に迫られている。ヘドレー・ブルはアナーキーな国際社会における秩序について書いたが、より多元化する現代の安全保障においても、いかにして秩序は維持されるのかという視点に立ち返って概念の再構築が必要であろう。

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このページは、okneigeが2009年9月 5日 08:27に書いたブログ記事です。

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